キリカエ力は、指導力
「俺の言った通りにやれ!」方式は現実と目標の距離感をつかみにくくします
二〇〇四(平成一六)年のアテネオリンピックは、見ていてとてもおもしろい大会でした。強さを発揮した競技は、今まで日本がメダルから遠ざかっていた体操、柔道、水泳。かつては強かったにもかかわらず、その後は低迷して、今回再びはいあがって復活してみせたのには感動しました。その背景にあるものが何なのかを、私たちはきちんと把握しておかなければなりません。
当時、僕も同じ感想を持ちました。
「俺の言った通りにやれ!」方式は現実と目標の距離感をつかみにくくします
二〇〇四(平成一六)年のアテネオリンピックは、見ていてとてもおもしろい大会でした。強さを発揮した競技は、今まで日本がメダルから遠ざかっていた体操、柔道、水泳。かつては強かったにもかかわらず、その後は低迷して、今回再びはいあがって復活してみせたのには感動しました。その背景にあるものが何なのかを、私たちはきちんと把握しておかなければなりません。
当時、僕も同じ感想を持ちました。
このエクササイズは、Ajax Training Sessionsで文字通り"warm-up"として紹介されていて、
Ronald Koeman's top ten most used drills, 2002-2003: (based on my counting) に選ばれてます。
Player A passes the ball to player B,player B receives the ball with his left foot and passes to player C with his right foot. Players rotate after each pass.
と、ここだけ読んでしまえば単純なドリルですが、
The drill is all about receiving and passing with the correct foot and with the correct speed. Also player C has to call for the ball at the proper moment (just before B receives the ball).
と続いていて、これは紛れもなく「判断を伴うトレーニング」です。
田嶋幸三さんがJFAアカデミー福島についお話しされた際に、
『なぜもっと自由にやらせないのか?』と言われる事があるが、『基準を知らなければ自由は与えられない』とデュソー氏は言っている。
とおっしゃっていました。
このデュソー氏の言葉について、もっと正確に詳しくお聞きしたかったので、
JFAアカデミー福島のスタッフに問い合わせてみたところ、
デュソー氏が言う、『基準を知らなければ自由は与えられない』という意味は、選手に対しまずは「サッカー」の基本、原理原則を教えてあげなくてはならないという事です。
選手に「自由なプレー」をさせるという意味も、好き勝手にプレーをさせるという事ではありません。
と返事をもらいました。
指導者講習会の実技でミニゲームを行った時のことだった。
ゴールに背を向けている僕の足元にパスが通った。
僕は振り向くことをせず、足元に来たボールをインサイドで叩き、
立ち脚の後側を通してゴールを狙った。
と同時に、ピッチの外でゲームを見ていたインストラクターの視線を感じて、
「しまった」と思った。
「どうして振り向いてゴールを見ない」ぐらいの注意をされるかなって思ったんだ。
そのゴールを狙ったキックは、枠に入ることはなかったけど、
インストラクターは、「良いアイデアだ」って褒めてくれた。
この言葉で安心したというか、気が楽になったというのか、
いつも通りにやってみようって気持ちになることができた。
なんだかとても嬉しかったことを覚えている。
自分のPLAYを褒めていただいたものの、「ゴールに入れなければ」って思った。
アイデアを結果に繋げないといけないと、素直に反省することができた。
グリッドの中で、子供たちがドリブルをしている。
そこへコーチが声をかける。
「広いほうへ」
「広いほうへドリブルしよう」
指導者講習会で、僕ら指導者が選手役をしていたときにも、
インストラクターは僕らに向かって同じ言葉を投げかけていた。
でも、どうして「広いほう」なんだろう?
ミニゲームをしている子供たち、
ドリブルを始めた子供に向かっても、コーチはやっぱり同じ言葉を投げかける。
「広いほうへドリブルしよう」
素直なその子供は、とても大きなスペースを見つけ、
ハーフウエイラインと平行に逆サイドに向かってドリブルを始めた。
だけど、これでいいのか??
ドリブルの目的はなんだ?
僕が小学生の頃は、「なぞなぞの本」が愛読書だった。
分厚いその本を何度も何度も読み返して、科学にはまった。
科学の本を読み始めたら、科学者になりたいと思うようになり、
「どうしたら科学者になれるんだろう?」って、科学者の伝記を読むようになった。
「忘れん坊」の科学者の話を読んで「僕と一緒だ!」って安心してみたり、
人間味のある科学者の存在が、科学をより身近に感じさせてくれたりもした。
あの頃は自分で実験道具を作り出しては、机の上で実験を繰り返していたっけな。
ひょっとすると、今も同じ事をしているのかもしれない。
こどもが通う小学校のマラソン大会に向けたトレーニングのつもりで、
夕方二人で近所の公園を走り始めたんだけど、
大会が終わった今でもこれを続けている。
始めたばかりの頃は、マラソン大会って目標があったから熱心に走っていたのに、
大会が終わってしまうとやる気が落ち込んでしまったようで、
「今日は何周走るの?5周でいい??」てな感じ。
少し工夫が必要かなって思って、
「おとうさんが走っている間に、追いついてごらん。何周で追いつくかな?」
なんて言ってみたけど、こどもが僕に追いつく事は無く、
ヨタヨタと前を走っているこどもに僕が追いついてはハッパをかける始末。