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2006年11月16日

子は親の鏡

子供が育つ魔法の言葉」を読み返しています。

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる

とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる

不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる

「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる

子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる

親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる

叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」って思ってしまう

励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる

広い心で接すれば、キレる子にはならない

褒めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ

愛してあげれば、子どもは、人を愛する事を学ぶ

認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる

見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋さんになる

分かち合う事を教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ

親が正直であれば、子どもは、正直である事の大切さを学ぶ

子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子どもに育つ

やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ

守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ

和気あいあいとした家庭で育てば、子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

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2006年11月17日

いじめられる理由

僕も小学校のときは、いじめに遭いました。

僕がいじめに遭った理由は、つるむのが嫌いだったから。
僕は体格がよく、体力にも自信があり、事実喧嘩が強かった。
自分で喧嘩が強いと思っているから、わざわざ喧嘩をしたいとは思わなかった。
喧嘩をすれば相手が病院へ行くような事になってしまうから、それが怖かった。
喧嘩をして、親に迷惑をかけるような事は決してしたくなかった。

いわゆる「一匹狼」だったんだね。
だから、回りからは浮いていた。

僕と喧嘩をしても勝てない事がわかっているような奴らだから、
僕が喧嘩をしないって気づいていた奴らだから、
集団で陰湿ないじめをした。
みんながやれば怖くないってな感じで、誰もがいじめをしていた。

相手が集団になってしまうと、僕には手がつけられなかった。
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2006年11月30日

見て見ぬふり

僕は、子供の頃からそれができない。

時には担任の先生から、「忍耐力が無い」とか「我慢ができない」などと評価していただいたこともあるが、

僕は「見て見ぬふり」をすることが今でもできない。

だけど、それが仇になって自分がいじめられる羽目になってしまった。

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2007年01月12日

いじめの構造

の構造は、独裁国家ににている。

自分(たち)に都合のいい法律(きまり事)を作り、
自分(たち)の都合に合わせてそれを行使して、
自分(たち)に都合のいいように裁く。

いじめに遭うのは、
自分と違う者、みんなと違う者、
目立つ者、目立たない者、
個性の強い者、主張する者、
少数派、個人。

いじめグループでも反社会的な集団でも、
なんでも多数派に属している事ができれば、被害に遭うことは減る。

だけど、多数派だからといって支持していいとは限らないよね。
ができれば、いじめは無くなるのかな?
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2007年01月16日

ぶつかりあう

僕らが親父や先生に殴られていた頃、上級生とでも殴り合いの喧嘩をしていた頃には、
いじめは多くなかった。

少なくとも、大人でも子供でも真正面から身体ごとぶつかり合えた頃は、そうだったと思う。

いつの頃からか、他者と真正面からぶつかり合う事が許されなくなり、できなくなった。

正々堂々が無くなり、陰に隠され、曲げられてしまった。
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2007年01月24日

いじめの基準

がルールになってしまったんじゃないかなって思った。

ってなんだ?」って考えていたら、
昔、校則が問題になったときの事を思い出した。

そういえば、妙竹林な校則が有った学校、その後どうなったんだろう?

あのときの「校則」っていったい何だったんだ?

「校則」のどこが悪かったんだっけ??
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