Top Page LIFE 思案中 いじめの構造

2007年01月12日

いじめの構造

の構造は、独裁国家ににている。

自分(たち)に都合のいい法律(きまり事)を作り、
自分(たち)の都合に合わせてそれを行使して、
自分(たち)に都合のいいように裁く。

いじめに遭うのは、
自分と違う者、みんなと違う者、
目立つ者、目立たない者、
個性の強い者、主張する者、
少数派、個人。

いじめグループでも反社会的な集団でも、
なんでも多数派に属している事ができれば、被害に遭うことは減る。

だけど、多数派だからといって支持していいとは限らないよね。
ができれば、いじめは無くなるのかな?
「悪法も法である」
だけど、それを放置する理由は無い。

明文化されていなくてもそれがだからといって放置している。
そんな社会が、大人が、教育が、友達がいじめを生んでしまう。

権力を行使して不都合を排除しようとしているのは誰なんだ?
そんな社会を子供に見せているのは、誰だ?
ルールって何だ?

不都合を目の当たりにしているのに、目をつむってしまうのはなぜだ?
見えないところに隠してしまったのは、誰だ?
不都合って何だ?

自分、自分の身内、自分のグループ、自分の世界。
他者を認められないのはなぜだ?
拒絶してしまうのはどうしてなんだろう?

他者を認め受け入れることができれば、いじめは減るんじゃないかな?

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» ぶつかりあう from footbrain

僕らが親父や先生に殴られていた頃、上級生とでも殴り合いの喧嘩をしていた頃には、 いじめは多くなかった。

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